借金400万の元貧乏OLがおうち起業で月収147万稼いで海外移住したストーリー

どーも、こんにちは、おうち起業で海外移住した《旅女ゆき》です。

ゆきとは、愛犬ポメラニアンの名前です。

このブログでは旅女ゆきというペンネでブログ書いています!

2018年バンコクに愛犬を連れて海外移住

私は、時間や場所を問わずに、在宅にいながら自分のペースで仕事をしながら月利安定100万円前後を稼いでいます。

もちろん、月によって多少の利益の波はありますが、在宅にいてお仕事ができて本当に幸せを感じています。

これといった肩書きは特にありませんが、主にアパレル通販の運営、ブログやメルマガを書いたり、人にネットビジネスを教えたりしています。

最近ではGoProhero7を購入して、YouTubeの撮影をしに海外の街並みを巡ったり、手広く自由に活動しています。

「こんな私が自由気ままに暮らせる日が来るなんて」

数年前の自分には夢の様な話です。

実は、こんな生活が送れるようになったのは割と最近の話なんですよね。

つい3年前までは借金400万の返済に追われながら、お金も時間もなく、全く余裕のない貧乏OLをしていました。

なんの取り柄も特技もなかった私が、憧れだった海外で暮らす夢を叶えることができたのは一体なぜなのか…

自己紹介を含めてお話ししていきます。

貧乏社畜OL5年の黒歴史

当時私は、都内のアパレルショップに勤務し、手取り17万円の給料を貰いながら5年間同じ会社で働きました。

手取り17万と聞くと、そんなに悪くないんじゃない?と思うかも知れませんが、決してホワイトとは呼べない社畜環境で働いていました。

なぜなら、朝から夜の9時まで働いて休みは月7日、たまにサビ残で11時近くに家に帰ることもあったり、労働時間は完全オーバーしているのに、残業代はつかないといった社畜ぶり!

ボーナスは年に2回一応でますが7万円ちょっとずつしかもらえません。

有休は年に10日で、OLの頃は日々の仕事に疲れて免疫力が低下していたのか毎年のようにインフルエンザにかかったりして・・・

そこで有休を消費してしまうのでせっかくの連休も風邪で台無しにしてしまう事も多かった記憶があります。

年2回の貴重な連休を潰してしまった時の絶望感は相当なものでした(笑)

アパレル業界にしてはボーナスが出るだけまだマシなのかもしれませんが、ブラック寸前の企業に務めるOLだったと思います…(笑)

アパレル業界って一見華やかに見えるんですが、実際には地味な裏方作業が多いのが現実です。

新作の洋服を着れるメリットはありますが、毎日の品出しの作業、在庫確認、クレーム対応、売上のノルマ、ヒールを履いて1日中立っている…など含めて見た目とは裏腹になかなかハードな職業でした。

満員電車で片道1時間半通勤

働いていた時に、1番つらかったことは通勤時間に実家から片道1時間半かかっていた事です。

本当は早く一人暮らしをしたかったのですが、毎月仕事のためにお店の洋服を買ったりしないといけなかったし、家賃に回すお金や余裕は全くありませんでした。

お金がないので実家から通うしかなくて、心を無にして満員電車で都内の職場まで通う生活を4年…続けました。

人間関係が良くて仕事は楽しかったのが救いですが、社会人4年目にもなると毎日の通勤に嫌気がさしていました。

「もう電車に乗るのはうんざり…」

「満員電車臭過ぎだし、死んだ目をしたサラリーマン達に囲まれ不穏なオーラが漂う車内」

「人身事故で遅延して家につくのは日付が変わる寸前…」

何この人生…?もう精神的にも限界でした。

「もう辞めるしかないかも」

と思っていたのですが、辞めたところで就職先が見つかるか不安だったし辞める勇気も出ません。

そんな自分が情けなく、虚しさでいっぱいになりました。

貯金ゼロ・借金360万でむしろマイナス

何とか気分を変えようと思い切って、1年限定でひとり暮らしをしましたが、そこで少ない貯金を使い果たしました。

東京の家は高くて狭いとは良く言いますが、本当にその通りで私が住んでいた部屋も1Kで7万円近くの家賃だったので、毎月の生活はカツカツというかむしろマイナスでした。

私は、大学には行かずに奨学金を360万円ほど借りて専門学校に行きました。

社会人になってから毎月返済していたけど、生活費が足りなくなって借りている奨学金の中でやり繰りする月もあったし、友人の結婚式などのイベントが重なるとカナリの負担でした。

真面目に働いてるのにいつまで経ってもお金は増えないし、喜ぶべき友達の結婚式なのになぜ、お金を気にしながら参加しないといけないのか・・・

「お金がないって本当に嫌だな」

とその時に思いました。

5年間いても給料は数千円しか上がらず、家には疲れて寝に帰るだけの日々。

私には「お金も時間も貯金も能力も何もない」ということに気づきとても悲しくなりました。

私にあるのは、専門学校に行くために借りた奨学金という名の借金のみだったのです。

奨学金というなの借金を返すためには、辛くても一生頑張って働かなくてはいけないとは思いつつ、でもこんな生活が一生続くのかと思うと、 当時の私はお先真っ暗でどん底にいる気分でした。

将来に漠然とした不安を抱えながら淡々と日々とを過ごして、焦る気持ちとは裏腹に流れていく時間。

何もできない自分に嫌気がさして、あの頃は若くして人生を半分あきらめていましたね(笑)

順調に社畜人生を歩んでいた私は、自分が頑張ってがむしゃらに働く以外の方法を知らなかったので、これからもきっとこうやって生きていくんだろうと思い、なんとか自分を奮い立たせて頑張って働いていたのです。

でもある時、衝撃的な話が舞い込んできます。

23歳一億円社長との出会い

何気なく友達と話していた時に、最近行った飲み会に「私たちと同い年なのに年収一億稼いでいる社長さんがいたよ!」と教えてもらいました。

当時のわたしはまだ23歳でしたが、自分と同じ年齢で一億円を稼いでいる人がこの世に存在することにとても驚いた記憶があります。

そこで初めて「私にはなぜいつまでたってもお金がないのだろう」と疑問に思いました。

今まではお金がない自分が当たり前と思って生きてきたので、お金持ちとは無縁だったし、そんなことを考えたこともありませんでした。

ただ「お金が欲しいなあ」と漠然と思っている程度でした。

でもその人の存在を知ってからは「同い年で一億円も稼いでいる人がいるなんて!ありえない!この差は何だ!」と羨ましさと同時に脳内に衝撃が走りました。

そこで、友達にその方との飲み会を計画してもらって実際に話す機会を作ることができたのですが、一億円を実際に稼いでいる人と話す機会なんて生まれて一度もなかったのでとても緊張しました。

一億稼ぐ人は考え方が異常

同い年の23歳一億円社長に人生の悩み相談をして衝撃を受けます。

「転職しても人生は変わらないよ」

「自分でビジネスしない限り自由な時間とお金は得られない」

「みんなと同じ事してても稼げないよ」

会社に勤めいてた私と、一億稼ぐ社長とでは考え方がまるっきり違いました。

正直、同い年でもこんなに人生に差がつくのかと・・・。

当時は一億円社長とのマインドセットの違いに驚くばかりでした。

その日の夜は、興奮やら悔しさやら複雑な感情で眠れなかったことを今でも覚えています。

脱サラしないと人生180度は変わらない

私の暮らしと、23歳一億円社長の生活の差を知って驚愕しました。

23歳一億円社長は会社に出勤することもないし、早起きせず昼まで寝ていたり、好きな時に旅行に行ったり、飲みに行ったり、ブランド品をバンバン買って、港区のタワマンに住んで高級車に乗っていたり、絵に描いたようなお金持ちの生活を送っていました。

初めは稼いでいる人の話を興味本位で聞きたかっただけで

「正直、ギラギラしててムカつくなー!」

といった印象でしたが、でもやっぱりそんな生活に憧れていた自分もいるから嫉妬していたことに気づき、凄いものは凄いな・・・と素直に受け止めました。

一時は、転職したら人生変わるんじゃないか?と考えている時もありましたが、給料制、通勤が必要、休みは決められている、所詮雇われ、などの事から、自分でやっていく以外にそこまで大きく人生は変わらないと知りました。

そう気づいたことが私が会社やめて起業をしようかなと思ったきっかけでした。

「転職しても人生変らないならもう会社辞めよう」

いつの日からか5年いた会社に色々な疑問を持つようになり、将来について悶々と悩む日が続いていましたが、私は23歳一億円社長に出合って、迷うことなく会社を辞める決意ができました。

お金のない自分の人生に嫌気がさしていて、現状から抜け出したかったので迷いはありませんでした。

人が変われるきっかけは意外と些細な事だったりするものです。

無能OLからの脱却

当時は、お金の事、自分がどうしたら豊かになれるのかなど含め、全てにおいて「無知」でした。

そもそも”お金の知識”を教えてくれる人は誰もいなくて、親からも学校からも正しい知識を学んだことはありませんでした。(だからうちは貧乏だったのか!と納得w)

そんな私に、気づかせてくれた人は23歳一億円社長。

今では命の恩人です(笑)

具体的に知らなかったことと言えば、

  • 正しいお金の使い方
  • なぜ自分にはお金がないのか
  • お金持ちはなぜお金を持っているのか
  • どうすれば稼げるようになるのか
  • 借金返済で資金がない私がお金を増やせるとしたら何をすべきか

 

何もかも知らなかったのでまずは本屋に行って、徹底的にお金の本を買いあさりひたすら本を読むことから始めました。

仕事を辞めようと決めてからは暇を見つけてはこっそり職場でも本を読んでいました。

子供の時から貧乏マインドで育つ

私の実家はお金持ちではないし、ごく普通のサラリーマン家庭で親からは「家にはお金がないよ」とか「節約して」とか言われて小さい時から育ってきました。

特に母親は節約しろとうるさくて、そんな事を言われるのが嫌で思春期の時期は喧嘩をした事もありました。

「うーるーせーーー!!!」←母ごめん(笑)

なので、私には小さい時から貧乏マインドが定着していました。

子供の時からそうやって育ったのでお金がなくて当たり前のマインドだったのです。

私の両親は大学に行っていないし、お金の話は祖父母達からもきっと教わってきてないはずなので、それでは自分の子供に教えられないのは当然のことだと思いました。

なので、両親も苦労して働いてきたようで未だに家のローン返済をするためにサラリーマンとして頑張って働いています。

それが当たり前の事だと思っているから、嫌でもがむしゃらに働き生活しているのだと思いますが、私は嫌なことは嫌と思う性格なので、我慢して働くことができませんでした。

そんな両親の一生懸命働く姿を見て来たせいもあるので「私が稼いで楽をさせてあげたい」という気持ちが強く、起業をした上で私が頑張れる理由の1つになっています。

育った環境や教わってきた考え方で人生は決まります。

子どもの教育の大切さも実感しました。

日本では大学に行かない限り”お金の増やし方”を学ぶ機会もないですよね。

増やし方以前に、お金の正しい使い方を知らない人がほとんどだと思います。

アメリカの教育ではお金に関する授業があるそうで、日本の教育もこれから変わってくるそうですが、私も学生の時に早く知れていたらもっと違う人生があったのかなとも思っています。

お金は戦場で戦うための武器

本屋に行ってはお金の本を読み漁り、お金についての正しい知識を少しずつ学んできました。

そもそも日本人はお金は汚いというイメージがあったりお金持ちな人にはろくな人がいないと言う、お金に対する悪いイメージを持っている人が多いのではないかと思います。

私も初めはそうでしたが、自分にはいつまでたってもお金がないと言う負のイメージを抱えていました。

でも、勉強していく上でお金は人生を生き抜いていく上で必要なツールの一つに過ぎないということを学びました。

お金がない=戦争に武器がない状態で戦いに行くようなものだと思います。それではすぐに戦争で負けてしまいますよね!

お金は生きているので、使ってあげないとさらに大きなお金は入って来ない仕組みになっていて、循環させて上げる必要があります。

水の性質に似ていて流れを作ってあげないと水は腐って淀んでしまいます。

よく、「お金が全てではない!」という人がいますが果たしてそうでしょうか。

時間とお金があれば私たちが自由に生きていく選択肢は格段と広がります。

例えば、好きな時にいつでも旅行に行けますし、良いホテルに泊まって、ビジネスクラスに乗ってお金を出して快適さを買うことも出来ます。

美容にお金をかければもっと綺麗になれますし、高級料理を食べまくらないと本当に美味しい物の味を知ることもできません。

お金がないと人間イライラしてしまうので、夫婦関係にも影響していきますよね。

逆にお金に余裕があれば、今日は何でもない日だけど、ちょっとしたプレゼントをしてみようかな?なんて心に余裕が生まれるのです。

お金をかけて経験を積めばそれなりのリターンが返ってくるということですね。

私には貧乏マインドが根付いていたので、とにかく貯金すれば良いと思っていましたが、貯金をするだけでは駄目で、正しく使って、循環させて上げることが重要ということを学びました。

ネットビジネスとの出会い

起業資金もスキルもなない私がどうすればお金を稼げるようになるのかと言った時にぴったりだったのが、世界中どこにいてもできてパソコン1台あればをお金を生み出すことができるインターネットビジネスでした。

それまでインターネットビジネスの存在は知りませんでしたが、23歳1億円社長に出会ってこんな働き方があるのかと驚きました。

私は仕事をやめて何をしようか悩んでいた時に、アパレル業界で働いていたので、自分が起業するなら自分のアパレルブランドが欲しいと思っていました。

その事を23歳1億円社長に相談すると、

「芸能人でも自分のブランドを作ってこける時代なのに素人のブランドなんて誰が買うの?」

と言った意見をもらいました…(笑)

確かに、アパレルブランドを作るには少なからず初期費用がかかります。

デザイナーや社員がいないと成り立たないですし、売れた時のショップ袋や梱包材などの経費なども当然かかってきます。

その時にもらったアドバイスが、

「インターネットビジネスなら資金がなくても始められるビジネスモデルがあるから、まずは稼いでから自分の好きなことをやった方がいいよ」

と言われました。的確。

自分のやりたいことはお金を稼いだ後に好きなだけできるのです。

あの時、止めてくれた命の恩人に心から感謝しています。

危なく借金を増やして自己破産OLになるところでした。(笑)

初めて自分で5万円稼いだ物販ビジネス

私が一番初めに自分でお金を稼ぐことができたのはメルカリ転売でした。

家にある使わなくなった洋服やブランドのバッグ、その他の不用品を試しに販売してみるとすぐに5万円をの利益を出すことができました。

なぜ物販ビジネスを始めたかと言うと、不用品販売なら資金がなくても始められると言ったことを教えてもらったからです。

そこで初めのうちはメルカリを集中してやっていたので、数ヶ月もすると最高15万円近くの利益を出すことに成功しました。

月収100万を超えた先に見える世界

メルカリ転売を経験後、少しずつ資金ができてきたので色々な物販ビジネスを試してみました。

ヤフオクとアマゾンを使った転売や、中国から商品を仕入れて販売する中国輸入ビジネスをコンサルを受けて試したり、 プチプラアパレルの無在庫転売などもやりました。

中国輸入を始めてからは、4ヶ月目で月収100万円を超えることができました。

色々なプラットフォームを試したましたが、はじめに売れる仕組みを作り、後は勝手に売れていく仕組みが構築される物を選んだことにより、海外にいても未だに安定した利益を取ることができています。

私は起業してから月収100万円を目標にして頑張ってきましたが、初めのうちは地味な作業ばかりでこんな私が100万円も稼ぐことができるのかと思ったこともありました。

なんども諦めそうになりました。

でも、会社にはもう戻りたくなかったので負けずにとにかく作業を続け、一日12時間ぐらいパソコンと向き合う時期もありました。

すぐに結果が出なくて諦めていってしまう人も多かったのですが、とにかく作業をこなしていくうちに徐々に成果が出て月に147万円売れた時はとても嬉しかったです。

物販ビジネスはインターネットビジネスのレベルで言うと小学生レベルに値していて、再現性が高くとても簡単です。

誰でもやればやるだけ結果を出すことができます。

100万を稼いでみて思ったことは、100万円を稼ぐまでは地味と孤独との戦いに勝てるかどうかだと思います。

私の場合は「100万では人生は変わらないしまだまだ足りない!」という気持ちでした。

お金を増やすのはゲーム感覚

ある程度物販ビジネスで稼げるようになってからは、ビジネスのコンサルをしたり、コンテンツ販売など色々なビジネスも始めました。

100万円以上を月に安定して稼げるようになってからは、どうしたらもっと効率的にお金を増やしていけるだろうといったことを考えるようになり、ゲームをしているみたいに仕事をすることが楽しくなりました。

元々、お金に困りながら暮らしていたはずの私が会社に通勤することなく、家にいながらもちゃんとお金を得ることができて生活できていることを今でもたまに不思議に思います。

しかも、お金に余裕ができたので憧れだった海外に引っ越すこともできました。

やったことはただ一つで、とにかく諦めずに作業を続けただけです。

今もなお、自分がそこまで働かなくてもお金が入ってくる仕組みをゲームをみたいに楽しんで作っている状態です。

勢いだけで海外移住してみた

私は元々、海外旅行は好きでしたがお金がないので日本から近い韓国やグアムにしか行ったことがなかったのですが、実際に海外旅行に行くとのと海外に住むのとでは、話が全然違って来るので驚きました。

ほぼノリで移住したのですが、日本語はもちろん通じませんし生活していく上で何をするにも英語が必要になってきます。

英語が話せない私は思うようにコミュニケーションがとれなくてもどかしい思いをすることがたくさんありました。

また、文化の違いもどんどん見えてくるので初めのうちはカルチャーショックを受けることも多かったです。

言葉も通じないし友達もいないのでホームシックになる時もありましたが、それでも憧れの海外生活だったので、挑戦してみて良かったと思っています。

海外に来て日本から離れてみると、日本で感じていた柵の多さがいかに多かったのかを実感しました。

海外に来たことにより自由になれた感じがしています。

日本に住んでいた時は、ぼーっとしても買い物にいけたりタクシーに乗れたりしていたのですが、こっちに住んでいるとそうは行きません。

常に英語を使うので脳みそが活性化されて、非常に良い刺激となっています。

英語を話せるようになることも目標だったので、しばらく日本に戻る予定はなく、まだまだ海外生活を続けていこうと思っています。

年収1億円ママになることが目標

私が起業した時にはじめに掲げていた目標は月収100万円でした。

でも今は年収1億円が目標です。

ということは月に1000万近くの利益を出す必要があります。初めはこんな自分には月に100万円を稼ぐことは無理だと思っていました。

でも今では、どうすれば月1000万近くの利益を出せるかどうかのイメージが湧いてきているんです。

100万の商品を10個売れば1000万なので、そう考えると100万円の価値のある商品を提供すればすぐな話ですよね。

私は、稼げるイメージが湧けばこっちのものだと思っています!

後は自分がいかに行動するかにかかっていますので、稼げるかどうかはわかりませんが、自分を信じてとにかく作業を継続していくことで絶対に叶えらる気がしています。

月収100万を目標に頑張っていた時と同じですね!

大きな目標の叶え方は、逆算してどのように達成していくべきか細かく数字を出して、イメージを作り上げることでより早く叶いやすくなります。

私が一億円稼ぎたい理由は、月に1000万あれば、家族や大切な人に恩返しを気兼ねなくすることができたり、将来、子どもにもいろんな経験をさせてあげられるかなと思っているから。

さらに、自分の叶いたいこともどんどん叶えられるようになるからです。

なんども言いますが、お金は人生を豊かにしていくツールにすぎません。

本当にゲームみたいです!

豪華客船で世界一周することと、近い将来ニューヨークの高級住宅地アッパーイーストサイドに住み子育てをするという夢があるので順番に叶えていきたいと思います(笑)

まとめ

ここまでで8370文字、約原稿用紙21枚分お読みくださり本当にありがとうございます。

私が貧乏だったOL時代からどのようにして、自分でお金を稼ぐようになり人生を変えてきたのかを少しですが、お話しさせていただきました。

あなたも人生を変えたいと思っているなら絶対に変えることができますよ!

あなたも人生180度変えて理想のライフスタイルを叶えていきましょう。

質問や感想があればお気軽にご連絡くださいね!

おうち起業で海外移住 旅女ゆき

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